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スタイル

 

 どうもこのところ苦労の連続である、色々と・・・。釣りに出かけると雨が降る。風だって吹く。荒天と言っていいくらいに。だからってよく釣れるわけではない。雨が降ると釣れるのは世のセオリーであると言うのにだ。ひどい時にはまるで魚が相手してくれない日だってある。これにはほとほと困ってしまって、気分さえ優れないこともないではない。

 

 それでも我々は懲りずに釣りに出かける。なぜか?時に魚が相手をしてくれるから。これが至福なのだ。

 

 釣れないからってある種のポリシーは曲げない。と言うのか、曲げることが出来ない。そこには自分のスタイルがあって、これを変えることはアイデンティティを根本から覆すことになってしまうから。

 

 その昔、バス釣りが好きになった頃(二十数年前)、これに魅了されつつも疑問を持った。どうも最新の道具や見てくれが自分にそぐわない。愛着があまり持てない。道具を部屋に飾っておく気になれない。誠に失礼で横柄な物言いかもしれないけれども、あれはあまりかっこいいとは思えなかった。アメリカからやってきた釣りなのに、憧れたあの古き良きアメリカの匂いがそのスタイルから消えて失せようとしていた。

 

 そんなこんなだからやがてヴィンテージの釣り具がほんの少しづつではあるけれど傍を占めるようになった。同時にルアーを削り始めた。ジョンボートを手に入れ、カヌーも手に入れた。こうして今のスタイルが形作られて行く。どうやら俺の場合はトップウォーターありきではなく、今思えばスタイルありきだったような気がする。

 

 ヘラブナ釣りだって、海釣りだって、楽しいに違いない。アマゾンだって行ってみたい。でもこのスタイルが持ち込めないなら、そのうちここへ帰ってきてしまうのは目に見えている。大幅にこれを変えることはおそらく無理だ。洒落ていなければ意味がない。例えば西表島の川釣りが未だに楽しいのは、スタイルをあまり変えないで済むからと言うこともあるかもしれない。240をドライブしていてふとそんな風に思うことがあった。

 

 ところで苦労は他にもある。パーツの製作に支障があって、わざわざ手間をかけて、さらにお金をかけて修正したにもかかわらず結局これがNGで一からやり直す羽目になった。おおかた20年やってきてもこんなことってあるのだ。いやはや高い授業料だった。利益になるはずの部分が相当な範囲で削られてしまうことになる。困ったものだ。

 

 

 

 さてCataventoはここにきてさらに絶好調。シーバスだって釣れてしまう始末。(だからってこれでシーバスを釣ろうなんて考えないで欲しいけれど)俺だって苦労の連続の末、このプラグでいい魚を釣った。ウィードのポケットに思い切ってキャストして、トウィッチを2度ほど入れたら、ジャボっという音とともに渦を巻いてプラグが水中に消えた。

 

 ちなみにご覧のように、この魚は後ろのフックに掛かっていた。例外もあると言うこと。

 

 

 さてさて、この前、梅田クアトロにT字路sを観に行った時に壁に貼ってあったポスターを見て気がついた。次の火曜日の夜はペンギン・カフェに行こう。とてもよい考えだ。秋にはぴったりの。

 

 1980年代に一世を風靡したペンギン・カフェ・オーケストラのリーダーが亡くなって、それを息子が継いでペンギン・カフェとして蘇らせたのだそう。世にも珍しい世襲バンドは、アンビエントでミニマルなミクスチャー、つまりは現代音楽をアコースティックで奏でてしまう。当時、その存在は知っていたけれど、まるで俺のセンスが追いついていなかった。今ならこれがわかる気がする。すんなりと聴ける。不思議なもので・・・。

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