4日目終わる

 

 それぞれに奮闘、そして悲喜こもごもの4日間が終わる。お金には変えられないような収穫もきっとあったに違いない。

 

 

 それにしても御歳七十歳の玉越さんのタフぶりには恐れ入る。もちろんお疲れではあるのだろうけれど、そういうのを微塵も見せないし、まだまだ釣欲も衰えるどころか意気軒昂なご様子。

 

 

 とにかくDVD撮影快調です。

 

 

 あれ?明石の写真がないけれどご容赦。さて、残すはあと1日半。

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初日

6.9lb 57cm

 

 初日が終わる。なかなか難しい日ではあったけれど、明石と俺は良いサイズをキャッチ。シゲとそして玉越さんは俺の言う「イージーではないですよ」を痛感していただいた模様。

 

玉越さんの記念すべき1stフィッシュ

 

あまり大きくは見えませんが、8lb 56.5cm

 

シゲの嬉しいザラ・フィッシュ

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メキシコ

 

 玉越さん、アングラーズインで鈎を研ぐの図。そう、ロスで一泊した後、ついにやって来ました、メキシコ。ここでこんな光景を見ることになるなんて、ちょっと前までは思いもしなかった。釣りはいよいよ明日から。何度も来てるけれど、それでもワクワクする。ここはやっぱり最高だ。釣りをする前から言うのもなんだけれど。

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LA

 

 年に一度の海外遠征は今年もメキシコ。記憶に間違いがなければ、これが16年目にして17度目のメキシコということになる。

 

 それにしても今回は特別だ。あの玉越さんとご一緒するのだから。数年前の吉田幸二師匠に次いでお二人目のスペシャルゲストをツアーにお迎えすると言っていいだろう。玉越さんとは実はもう何年も前からご一緒することを考えていて、ようやく念願がかなった。

 玉越さんが業界では知らぬ人のいないスミスというメーカーに所属しておられることは、これまた知らぬ人のいないことであるものの、今回の渡航はプライベート、つまりは自腹である。御歳七十にしてこの覚悟はよほどの熱意とみる。それは「2009年メキシコツアー」という明石と俺のDVDを見たことに端を発するそうで、これは本当に嬉しいことだ。

 

 

 玉越さんが一緒に行くならなんとしても映像を撮ろうというのは、これまた前々から考えていた、ひとつの夢のようなもの。これにかかる経費に関しては単独でもどうにかする気でいたが、なんと玉越さんはここにも自腹で出資を申し出てくれた。

 

  実を言えばいつもいつも準備には肉体的、特に精神的にかなり消耗する。玉越さんとご一緒するからというわけではないのだけれど、いろいろなタイミングが重なって、今回はなんだか特につらかった。こんなことなら行かなくてもいいか、とも思ったほど。ただ、そんなことよりも、未だに行きたいと言う衝動ははるかに強いみたい。

そんなこんなで今回は余計に楽しみ。

 

 釣果もさることながら、個人的にはロッジそのものを満喫したいと、今回はより強く思っている。俺に次いで何度も彼の地を訪れている明石はさておいて、玉越さんやシゲにもそうあって欲しいと願っているところ。

 

 時差ボケの本日はUberを駆使していつものロングビーチのアンティークモールへ、それから久しぶりのメルローズアベニューを少しだけブラブラ。与えれれた時間は半日足らずなので、アメリカどころか海外が初めてのシゲを満足させるには程遠いのだけれど、それでもいくらかはアメリカを感じていただいたよう。しかし、まさか玉越さんとメルローズアベニューを歩くとは思いもよらなかった。

 

 いよいよ明日はメキシコ入り。

 

 

 

 そういえばマニア谷口からは餞別がわりの早過ぎるORCA Feでの釣果が。なんてったってリリースのその日にである。怖いものでこの頃はそれはもはや彼にとっての日常茶飯事レベルと化しつつあるとはいうものの、やっぱりまたしても驚いてしまう俺である。しかも、それが1本ではなく5本となるとなおさらたまげるのも無理はない。いやはや感動的に驚異的。

 

 おかげでメキシコにも弾みがついたような気がしてしょうがない。縁起がいいとはこのこと。縁起というと、夕食のチャイニーズの玉越さんのせんべいの中に入っていたおみくじの文句。「世界はあなたの才能を受け入れる準備をもうすぐ終える」だと。メキシコでの釣りの予兆に違いない。

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だめな馬とだめな騎手

 

 万博外周を走っていると、思い出すのはかつてあったドライブインシアターのこと。車を乗り付けて屋外の駐車場に止め、これまた屋外に据えられた巨大なスクリーンで映画を観るのだ。音声はFMで聞く仕組み。これが俺は殊の外好きだった。友達同士よりは、もちろん女の子と一緒に。あれがないのがなんだかとても寂しい。たとえ今もあったところでそうそう行くこともないのだろうけれど。

 

 万博の外周を通って向かうのは吉見自動車。修理に出ていた240を迎えに行くのである。今回は夏を前にしてエアコンが効かなくなってしまった。1万円で治ったかに見えたそれだったのだけれど、一旦帰って来たらまたも効かなくなって、再度入庫。再診の結果はコンプレッサーが寿命を迎えてしまったということ。これがそこそこのコストで、なかなか痛い出費。

 

 ただし、26年も前のエアコンが普通に動くこと自体、家庭のそれのことを考えてみれば、これは不思議といえば不思議なわけで、寿命を迎えるのはある種致し方ないことではある。

 

 吉見自動車のfacebookで引用されていた伊丹十三のエッセイがふるっている。油が漏らないドイツ車に比較してイギリス車は実にこれが漏る。なぜか?イギリス人は油が漏らない車を作れないわけではなく、作らないのだと。なまじっか油が洩れないという印象をあたえるより、むしろ、車というものは油が洩れるものだ、一刻も油断できない、というふうに考えてもらったほうが故障が少い、と思う、イギリス人はそういう性質なのだ。彼らは実に人間が好きで、人間を観察することが好きなのだ。人間を欠点の多きものとして認め、そしてゆるし、その欠点の枠の中で、最良の結果を得ようとする。車にもそれが反映して油が洩る、ということになるのであった。

 

 そうして自らもMGTFを駆る伊丹氏はこう結ぶ。「そうして、私とこの車は、だめな馬とだめな騎手のように、心が通いあうのだ」

 

 イギリス車ではないけれど、うちの240もちょいちょい警告をくれる。(ま、四半世紀も前の車ですから)その度、気を配ってやらねばならない。機嫌が悪くなって、入庫させて、そしていよいよ帰って来ると、なんだか嬉しくなって、ダッシュボードをポンポンと二度ほど叩いて帰還を祝うのが習慣となった。

 

 今日も今日とてそんなやりとりを愛車と交わす。明日まさにメキシコへ向けて飛び立つという、慌ただしい中にあって迎えに行っても、やっぱりそういう気分になる。こういうのを愛車というのだな、と思った。

 

 帰りにカーステレオからライ・クーダーのアクロス・ザ・ボーダーラインが流れた。なんと示唆に富むことか。そう明日には一つボーダーを越えて、明後日にはもう一つボーダーを越えるのだ。

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